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東京地方裁判所 昭和32年(行)38号 判決 1959年2月11日

原告 鈴や金融株式会社

被告 東京国税局長

主文

被告が原告に対し昭和三十二年三月五日付でなした原告の源泉徴収所得税及び加算税に関する審査請求を棄却した決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

主文同旨の判決を求める。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、主張

一、請求の原因

(一)  原告会社はもと商号を鈴や相互金融株式会社と称し、昭和二十五年七月七日株式会社鈴やが母体となり、金融業並びに不動産及び有価証券の保有を目的とし設立された所謂株主相互金融会社である。

(二)  原告会社は昭和二十七年一月から昭和二十八年三月までの間(以下第一期という)に四千六十一万七千二百五十八円、また同年四月から六月までの間(以下第二期という)に千四百八十八万七百三十円の金員を、株主に対し、優待金名義で支払つたところ、日本橋税務署長は、右優待金を所得税法第九条二号の法人から受ける利益の配当であるから、原告会社が所得税を源泉徴収すべきものとして、第一期分については昭和二十八年九月十一日付で源泉徴収所得税を八百十一万三千四百五十一円、源泉徴収加算税を二百二万九千二百五十円と決定して同月十九日原告に通知し、第二期分については同年十月三十一日付で源泉徴収所得税を二百九十七万六千百四十四円、源泉徴収加算税を七十四万三千五百円と決定して同年十一月六日原告に通知した。

(三)  原告は右各決定に不服であつたので、第一期分の決定については同年十月九日、第二期分の決定については、同年十一月九日、日本橋税務署長に対し、それぞれ再調査の請求をしたところ、同署長は同年同月二十四日付で右請求をいずれも棄却し、同月三十日原告に通知した。

(四)  そこで、原告は、さらに同年十二月二十八日、被告に対し右各決定につき審査の請求をなしたところ、被告は、昭和三十二年三月五日付で、右各請求をいずれも棄却し、同月七日原告に通知した。

(五)  しかしながら、日本橋税務署長の各決定は、前記優待金の支払が源泉徴収所得税の対象とならないにもかかわらず、これをなるものとしてなされたものであるから違法であり、右決定を適法なものとしてなされた被告の各決定もまた違法である。

よつて右決定の取消を求めるため本訴に及んだ。

二、被告の答弁と主張

(請求の原因に対する答弁)

請求の原因第一ないし第四項は認め、第五項は争う。

(被告の主張)

(一) 原告会社の事業内容は

(1) 会社は増資によつて自己の株式を発行する。

(2) 増資新株は一括して或る株主(主として会社の社長)が一手にこれを引受け更らにこれを広く大衆に譲渡する。

(3) 株式の譲受け希望者には、原則として、前記の株主が自己の持株を日賦又は月賦で譲渡するが、この際会社は譲受希望者との間に立つて譲受けを幹旋する。

(4) この場合、日賦又は月賦の株式代金の支払は、直接株式を譲受けた者から譲渡人に支払うことの煩を避けるため、ひとまず、譲渡人に対し会社が株式の代金の金額を立替払し、譲受人は立替人たる会社に対して日賦又は月賦で代金を弁済する仕組になつている。

(5) 株式を譲受けた者は、その代金を完済したときは、会社から額面金額の三倍の融資をうけることができる。

(6) 株式を譲受けた者で融資を受けない者に対して、原告会社は株主優待金名義で一定の金銭を支払うというものである。

(二) 被告は右優待金を税法上法人の利益配当と解して課税したものである。

すなわち、税法上の利益の配当とは、ひとり商法の要件を満した利益の配当のみならず広く経済上会社の利益配当と同一視すべきものを意味し、会社が正式の減資手続によつてなした資本の払戻以外において株主に対し会社の財産を無償で譲渡する場合をすべて指すものと解すべきであつて優待金の支払は、株主総会の決議を欠き、また株主平等の原則を害するから、商法の利益配当の要件を満していないけれども、右にいう税法上の利益配当に該当するから、日本橋税務署長の決定は適法であり、右決定を正当なものとした被告の決定も適法である。

三、被告の主張に対する原告の答弁

(一)  原告会社の事業内容が、被告主張のようなものであることは認めるが、その余は争う

(二)  所得税法第九条二号にいう利益の配当とは、商法の利益配当の要件を満した配当を指すものと解すべきであるが優待金の支払は株主総会の決議を欠き、株主平等の原則をも害するから利益の配当とはいえない。

第三証拠<省略>

理由

一、請求の原因第一ないし第四項の各事実は当事者間に争がない。

二、そこで被告の本件処分の適否について判断する。

被告は、所得税法第九条第二号の法人から受ける利益の配当とは、商法の要件を満した利益の配当のみならず、会社の正式な減資手続による資本の払戻を除き、株主に対し会社がその資産を無償で譲渡するすべての場合を含むと主張する。

一般に租税に関する法規がいわゆる公法に属し、私法と異る面を規制する法規であることは異論がないと考えられ、したがつて課税要件を定めるにあたつて、独自の立場から、私法と異つた独自の概念を基礎にして立法することも可能であるけれども現行の租税に関する法規は、私法的な法秩序に規制された経済活動を前提として、これとの調整の下に、その独自の行政目的を達成することを基本的な建前として立法されていると解すべきである。したがつて現行の租税に関する法規が、一般私法において使用されていると同一の用語を使用している場合にはそれは勿論租税法上の概念として使用されているに相違ないけれども、特に租税に関する法規が明文をもつて他の法規と異る意義をもつて使用することを明らかにしている場合もしくは租税法規の体系上他の法規と異る意義をもつて使用されていることが明らかな場合又は特に他の法規と異る意義をもつて使用されていると解すべき実質的な理由がない限り、私法上使用されていると同一の意義を有する概念として使用されているものと解すのが相当である。

ところで、所得税法条九条第二号には法人から受ける利益の配当なる用語が使用されているが、右利益の配当なる用語は、その文字上商法第二編会社の規定中に使用されている利益の配当と同一の用語であることは明らかである。そして所得税法上特に法人から受ける利益の配当なる用語の意義を定めた規定はないし、また同号に利益の配当とともに規定されている利息の配当とは、同条第一号の規定との関係上広く法人に対して有する債権の利息を意味するものではないことは明らかで、他の法規上株式会社につき利息の配当なる用語が使用されているのは商法第二編第四章株式会社のなす建設利息の配当の規定についてのみであるという特殊な用語であるから、所得税法第九条第二号にいう利息の配当も右商法の建設利息の配当と同一の意義に使用されていると解するのが相当であつて、同号の規定の体裁上右利息の配当と併列的に規定されている利益の配当の用語だけを商法と異る特殊な意義に使用されていると解すべき合理的な理由は見出せない。たゞ同号の利益の配当を商法の要件にしたがつた利益の配当のみを指すと解すると、会社に利益を生じ又は利益を生ずる見込があるとき、商法の利益の配当の要件に従わずに株主に会社の資産を分配した場合、税法上右支出を損金として計上することが許されるとすれば、会社は不当に法人税を免れる結果となるおそれがあると考えられるかもしれない。しかしながら会社の決算後、生じた利益を株主に対し商法の利益の配当の要件にしたがわずに分配した場合であつてもそれが利益処分であるかぎりは、法人税法上これを損金として計上することが許されないことは明らかであり、また決算前会社に利益を生ずる見込がある場合、会社の資産を株主に無償で譲渡したときは、それが実質上利益処分と認められる限り、法人税法上右支出を損金として計上することが許されないことは当然である。結局右のような商法の要件にしたがわずに株主に対し無償で会社の資産を譲渡すること(実質上の利益の分配)は所得税法上第九条第十号の雑所得に該当するものと解すべきであつて、右実質上の利益の取得者は究極的に所得税の支払を免れるわけではないし(たゞそれが源泉徴収の対象とならないだけである)、法人も法人税の負担を免れるわけではないのである。そうしてみると所得税法第九条第二号の利益の配当を商法の利益の配当と同一の意義に解することによつて税務官庁に生ずる実質的な不利益は、所得税の源泉徴収ができないということだけであつて、右のような徴収の便宣のためだけから所得税法第九条第二号の利益の配当を特に積極的に一般私法上使用されているのと別異の意義に解することは妥当ではない。被告主張の税法上の実質主義等はそれ自体考慮に値するものであるけれどもそれだからといつてそのことによつて「利益の配当」の用語が商法と異なる特殊な意義に使用されていると解すべき合理的な理由になるとは考えられない。してみると所得税法第九条第二号にいう法人から受ける利益の配当とは株式会社の場合にあつては、商法上使用されていると同一の意義である商法の要件にしたがつた利益の配当を意味するものと解するのが相当である。

ところで原告会社が株式会社であり、優待金の支払を受けたものが原告会社の株主であること及び優待金の支払については株主総会の決議を経ていないことは、当事者間に争がないから、右優待金の支払を商法上の利益の配当と解することはできない。株主は株主総会の決議を経て始めて具体的な利益配当請求権を取得するものであるから、商法上の利益配当というためには少くとも株主総会の決議を経ていることを要すると解する。したがつて右優待金をもつて所得税法第九条第二号の法人から受ける利益の配当にあたらないといわなければならない。

よつて原告会社がその株主に支払つた優待金を所得税法第九条第二号の法人から受ける利益の配当に該当するとしてなした日本橋税務署長の本件各決定は違法であり、右各処分を正当として維持した被告の本件各審査決定もまた違法である。

三、よつて被告のなした本件各審査決定の取消を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

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